みなさんは、
「大いなるすべて」という、
ひとつの意識のある部分なんです。
だから、
みなさんが、
”わたし”というふうに、
考えているとき、
それは、
自分自身を意味するだけではないんです。
本当は、
”わたし”ということを、
考えるとき、
いろいろな”わたし”がいるはずだからなんです。
どうしてかというと、
自分自身が、
”わたし”というふうに、
認識するためには、
”わたし”以外のものがないと、
わからないはずだからなんです。
”わたし”が、
成立するためには、
”わたし以外”と、
”わたし自身”がないと、
”わたし”というのは、
成立しないはずだからなんです。
「大いなるすべて」は、
自分の中に、
違うものを作ることで、
自分とはどんな存在なのかを、
探求しているんです。
始まることもなく、
終わることもなく、
永遠に、
探求しているんです。
「大いなるすべて」は、
ひとつの意識なんです。
ひとつの意識でありながら、
同時に、
いろいろなバージョンの「大いなるすべて」も、
存在しているんです。